遺言能力について
遺言能力とは何か?
令和2年の統計によれば、浜松市の老年人口(65 歳以上)は 20 万8千人、老年人口構成比は 26.4%とされています。高齢化社会の進展は、皆様も肌感覚として実感されているのではないでしょうか。
高齢化社会の進展にともない、遺言作成時における遺言者の遺言能力が問題になることがあります。遺言を作成する際、遺言者に遺言をする能力がなければ、その遺言は無効とされてしまうからです(民法963条)。もっとも、遺言能力とはどのような能力を有すればいいのかという点については、法律上明確な規定がありません。
学説上の通説的な見解によれば、遺言能力とは、意思能力と同じであり、「遺言当時、遺言内容を理解し遺言の結果を弁識し得るに足る能力」といわれています。しかし、遺言は、売買などの法律行為とは異なり、15歳に達した者であればすることができます(民法961条)。また、認知症の症状があり成年後見人がついていたとしても、一時的に症状が回復していれば遺言をすることができます(民法973条)。そのため、遺言能力は通常の財産行為に必要な能力よりも低い能力で足りるとする見解もあります(大阪高裁平成26年10月30日平成25年(ネ)第1687号など参照)。
遺言能力が問題となるのは、遺言者が死亡後、特定の相続人に対して不利な遺言書が見つかり、同相続人が遺言能力の欠如を理由に同遺言の無効を他の相続人や受贈者に対して争う場面です。具体的には、遺言無効確認訴訟などによって、遺言の効力が争われることになります。
民法963条
遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない。
民法961条(遺言能力)
十五歳に達した者は、遺言をすることができる。
民法973条1項(成年被後見人の遺言)
成年被後見人が事理を弁識する能力を一時回復した時において遺言をするには、医師二人以上の立会いがなければならない。
大阪高裁平成26年10月30日平成25年(ネ)第1687号
遺言能力は、民法上15歳以上であれば認められ、成年被後見人であっても本心に復しているときは遺言ができるとされていることからすると、取引における行為能力までは必要とされているとはいえないものの、当該遺言の内容及びその効果を理解する意思能力を有していることが必要であり、それは当該遺言の内容や遺言時の遺言者の心身の状況等から個別具体的に判断すべきものである。
遺言能力はどのように判断されるか?
裁判の実務においては、遺言能力について、医学的要素のみならず、遺言の内容等の要素を総合考慮して判断しています(もちろん、医学的判断を尊重しないということではない)。そして、その際に考慮される要素は、概ね次のとおりだとされています(中里和伸・野口英一郎『判例分析 遺言の有効・無効の判断』新日本法規2020,p.19)。
- 遺言者の年齢
- 病状を含めた心身の状況及び健康状態とその推移
- 発病時と遺言時との時間的関係(論理的思考の有無、異常行動の存否等)
- 遺言時及びその前後の言動
- 日頃の遺言についての意向
- 遺言者と受遺者との関係
- 遺言の内容(単純か複雑か、合理性の有無)
例えば、ある裁判例では、遺言能力の判断方法について、「意思能力の有無は法律的判断であるが、その判断に当たっては、その者の精神医学上の精神能力の状態を前提にした上でなすべきである。しかし、それ以外にも、当該法律行為当時のその者の言動や法律行為の内容等を検討した結果、右精神医学上の精神能力からの推認を覆せる事実が認められれば、それに従って、精神医学上の精神能力から推認される結論にもかかわらず、なお意思能力がなかったことはいえないと判断することは可能である」と述べています(宮崎地判日南支部平成5年3月30日)。
すなわち、裁判所の判断の過程は、まず医学判断を基礎として精神上の疾患とその重症度を特定します。そして、その精神状態が常に事理弁識能力を失わせるような疾患・重症度であれば、遺言時にも遺言能力がなかったことが推認されるため、遺言時にこれを覆すだけの特段の事情があるか否かを検討します。医学判断が必ずしも常に事理弁識能力を失わせるような疾患・重症度ではないのであれば、遺言時にその遺言を理解できないと認めるに足りる事情があるか否かを判断するというものです。
訴訟において遺言書の無効を争う場合も、また争われている場合であっても、このような裁判所の判断枠組みや考慮要素を意識して、具体的な事実の主張を丁寧に重ねるとともに、それを裏付ける証拠の提出をしていく必要があります。
遺言能力を争われないために
そして、遺言を作成するにおいては、事後的に遺言能力を争われないために、上記の判断枠組みや考慮要素を意識して、工夫をすることが重要です。まず、遺言者が高齢で、認知症の可能性がある場合には、遺言時点における医学的判断を明らかにするため、医師に診断書を作成してもらいましょう。診断書を作成するにあたっては、認知症の程度を明らかにするための認知機能検査を丁寧にやってもらうことが必要です。
次に、遺言の内容が複雑ではないか、これまでの遺言者の意向と異なっていないか、客観的な合理性があるかどうかを確認しましょう。これまでの遺言者の意向と異なっている場合には、なぜそのような遺言を残すことにしたのか、合理的な説明ができるよう遺言者にメモなどを残してもらうことが重要です。
さらに、遺言作成時には、遺言者本人が自らの意思で作成したことが分かるようにスマートフォンなどで動画を撮ることも検討しましょう。時間がある場合には、公正役場で公正証書遺言を作成するのもおすすめです。公正証書遺言であれば、法律の専門家である公証人(ほとんどの公証人は元裁判官や検察官です)が遺言者の遺言能力をチェックするため、事後的に遺言能力が争われる可能性が低くなります。
遺言作成時には弁護士にご相談ください
このように、高齢者の遺言作成には、遺言能力を争われないという観点から、様々な注意が必要です。遺言の作成を考えている方は、弁護にご相談いただければ、個別具体的な事情に即し、より安心で安全な遺言の作成方法をご助言致します。浜松市で遺言書の作成をお考えの方は、ゆりの木通り法律事務所までお気軽にお問い合わせ下さい。初回相談料無料でご対応致します。